2016年6月パブリックコメント

要約筆記事業のあり方 - パソコン入力の場合 -

2016年6月30日
NPO法人全国文字通訳研究会 長谷川 洋

【提 言】

1 派遣のあり方の改善
 聴覚障害者は、文字による情報保障として、大幅な要約をしたものだけではなく、聞こえる人と同じように話されたままを知りたい、それによって聞こえない人の「知る権利」が守られるという考え方をもつ人たちが増えている。聴覚障害者の希望に合った要約筆記者(文字通訳者)の派遣ができるように改善すべきである。

2 パソコンで連係入力する要約筆記者(文字通訳者)の養成カリキュラムと指導方法の再検討
 パソコンによる要約筆記(文字通訳)には大きく分けて二通りあり、一人で要約して入力する方式と、二人のリレー入力より話されたままに近い入力を行う連係入力がある。しかし、現在の厚生労働省の要約筆記者養成カリキュラムは、手書きまたはパソコンの一人入力に対応したものとなっており、話されたままに近い入力が可能な要約筆記者(文字通訳者)を養成するのが困難な地域が多い。
パソコン連係入力は、わずか10時間を選択科目の形で学ぶ形となっており、時間数、テキストなど指導体系が十分でない事による。
 パソコン連係入力に特化した養成カリキュラムや指導方法の確立が必要である。

3 パソコンで連係入力する要約筆記者(文字通訳者)の認定試験の改善
 パソコン連係入力ができる要約筆記者(文字通訳者)を認定する試験も、広く採用されている全国統一試験では、大幅な要約を実技の課題としており、ほとんど要約をしない連係入力の試験としてふさわしくない。いかに連係して素早い入力が可能であるかを検定する試験である必要があり、試験方法もパソコン連係入力に特化したものが必要である。

4 「要約筆記」という呼称から「要約筆記・文字通訳」という呼称に広げる
 ほとんど要約をしない文字による情報保障を「要約筆記」と呼ぶのは矛盾しており、逆に文字による情報保障のあり方を歪ませている。文字による情報保障は、要約が求められる場合もあれば、要約してはならない裁判などの場もある。したがって、誤解を生まない呼称とするため、ほとんど要約をしない文字通訳を含む場合は「要約筆記・文字通訳」「要約筆記者・文字通訳者」と併記して示すのが望ましい。

【提言の理由】

1 派遣のあり方の改善
 聴覚障害者への情報保障の方法として、手話によるものと文字によるものがある。聴覚障害者全体を見た場合、手話をコミュニケーション手段とする人は5分の1に過ぎず、残りの大半は手話通訳を利用できない。また障害者と認定されていない難聴者が600万人くらいいると推定され、この人たちも手話は使えず、文字通訳に頼っている。
 文字による情報保障は、一般に要約筆記と呼ばれているが、これは話されたものを数分の1に要約して表示することが一般に行われている。手書きしかなかった時代では、話す速度の5分の1しか書けないため、やむを得ないことであった。一方、1990年頃からパソコンが文字通訳に用いられるようになり、更にIPtalkなど複数の入力者が連係しながら入力することができるソフトが開発され、入力速度は急激に高まり、ほとんど話されたままを入力することが可能となった。ところが、現在養成講習会で使われているカリキュラムは、パソコン入力の場合も、一人入力が主となっていて、連係入力は選択科目としてわずかの時間が割り当てられているにすぎない。さらに指導の方向としては、話された概念を再構築するなどいかに要約・短縮するかに重点が置かれ、手書きの場合と変わっていない。
 しかし、その一方で、障害者差別解消法の流れに見られるように、聞こえる人と同じように話されたままを知りたい、大幅な要約をされては自分の知る権利が損なわれると考える人たちも増えてきた。同時に、時代の変化と共に、高等教育の場や専門的な会議、職場での会議、選挙での情報保障、裁判における情報保障など、要約をしない情報保障が求められる場が増えてきた。
 要約した情報保障を求める人たちも確かにおられるし、そうしたサービスが利用できることは好ましいことだが、片方のサービスしか提供しないというのは、合理的配慮の観点からもおかしいと言わざるを得ない。しかし、現在は、それが通例で、各地の派遣センターなどに話されたままを伝える文字通訳を求めても、応じてもらえないことが本会の全国調査でも明らかになっている。

2 パソコンで連係入力する要約筆記者(文字通訳者)の養成カリキュラムと指導方法の再検討
 話されたままに近い文字通訳を求める聴覚障害者の要望に対して、派遣を担当する機関が応えられないのは、対応できる文字通訳者が居ないか、ごく少数であるためで、それは養成がうまく進んでいないことに基づいている。養成がうまくいかない理由は、前述のごとく、現在の養成カリキュラムが概念の再構築など要約技術の習得を主としたものになっていることに原因がある。話されたままに近い入力を行うときは、概念の再構築や、大幅な要約技術などよりも、整文の技術や高速入力、連係技術などの習得が大切であるが、現在の84時間のカリキュラムでは、多くの時間が要約技術の習得などに当てられ、連係入力の学習は選択科目の10時間だけとなっている。これでは、時間が大幅に不足しており、また大幅な要約を主とした一人入力の手法の土台の上に、要約をしない連係入力を学ぶことになり、理念的に混乱を招き、非常に効率の悪い養成方法となっていることがある。
 連係入力の指導方法を確立し、それに合ったカリキュラム、テキストを作成することが急がれる。

3 パソコンで連係入力する要約筆記者(文字通訳者)の認定試験の改善
 養成での学習が上記のような形となっている理由の一つに、要約筆記者に認定するための試験がからんでいる。平成25年から施行されている障害者総合支援法で、要約筆記の派遣は市町村の必須事業となり、その派遣を担うものは要約筆記者とされた。これまでの要約筆記奉仕員は、そのままでは派遣を担うことができないことになった。新しく講習会を終了した人たちも、要約筆記者として認定されなければ、派遣を担うことができない、すなわちその地域の登録要約筆記者となることができない。そのために、各地で認定試験がおこなわれることになったが、多くの地域で、全国要約筆記問題研究会作成の全国統一試験を採用している場合が多い。行政側から求められる場合もあるし、その地域で独自の試験問題を作ることができないためやむを得ず全国統一試験を実施しているところもある。
 全国統一試験には、大幅な要約技術の実技問題が含まれているので、実際の現場では連係入力であるにも拘わらず、試験対策として一人入力の学習を迫られ、混乱を招く状況になっている。このようなことから、本当に必要な連係入力の技術をもった要約筆記者(文字通訳者)が育たないことになる。
 要約技術を中心にした試験と、話されたままに近い通訳技術の試験では、評価する基準が異なり、別個の試験が必要であり、そうした技術を評価する試験方法を確立することが求められている。

4 「要約筆記」という呼称から「要約筆記・文字通訳」という呼称に広げる
 派遣・養成における問題の背景に、「要約筆記」「要約筆記者」という呼称の問題がある。かつては「要約」は、目的ではなく、「手段」であった。ところが最近よく聞くのは「要約しないのでは要約筆記者ではない」という主張である。要約筆記者の仕事は、聴覚障害者に文字で伝えることであり、必ず要約しなければならないということではなかったはずである。要約するかしないかは利用者のニーズや状況によるべきである。しかし、このような説が広がっている理由として、やはり「要約筆記」「要約筆記者」という言葉に原因があると思わざるを得ない。
 手話で聴覚障害者に伝えるのが手話通訳者であるなら、文字で聴覚障害者に伝えるのは文字通訳者と呼ぶのが、妥当と思える。大切なのは話されたことを正確に(削除や付加がない形で)リアルタイムで文字という媒体で伝えることである。どこが大切で、どこが不要かは、利用者が決めることであり、通訳者が勝手に取捨選択することはできるだけ避けるというのが通訳の場における必要最低限のルールである。
 ただ、これまで「要約筆記」「要約筆記者」という言葉が長い間使われてきたことを考えると、ほとんど要約をしない文字通訳を含む場合は、両者を併記して「要約筆記・文字通訳」「要約筆記者・文字通訳者」と表示する方が望ましいと思われる。

以上