1ページ目 文字による電話リレーサービスあれこれ 筑波技術大学 井上正之(いのうえまさゆき) 講師紹介 生後1年で失聴、両耳90dBの聴覚障害者。 早稲田大学助手(1年間)・NTT研究所(22年間)を経て2009年より筑波技術大学教員。 聴覚障害者の情報アクセシビリティ、特に電話リレーサービスについて研究している。 2ページ目 本日の内容: ・ 電話リレーサービスとは ・ 電話について ・ ITU-Tの国際標準について ・ 電話リレーサービスの意義 ・ サービスの展開・発展の歴史 ・ 文字による電話リレーサービスのこれから ・ Real-time text ・ 音声認識技術をいかに導入するか 3ページ目 電話リレーサービスとは? ITU-T F. 791 “Accessibility terms and definitions”(アクセシビリティに関する用語と定義) relay service: A telephone service that enables a person who is deaf or hard of hearing, or whose speech is not clearly understood, or who prefers to use sign language, to place and receive telephone calls in real time. 聴覚障害者・言語障害者がリアルタイムで電話による会話を可能にする「電話サービス」 ITU-T (International Telecommunication Union, Telecommunication Standardization Sector): 国際電気通信連合 電気通信標準化部門 国連の機関の一つで、世界規模で様々な電気通信技術(電話、インターネット等)を標準化することを目的とする 4ページ目 電話とは何か? ・ 通信サービスの一種 ・ 電話=telephone ・ tele : 「遠い」 ・ phone:「音」 →「遠くへ音を届ける」 5ページ目 電話: ・ 15桁以下の電話番号(0から9までの数字からなる)により、ユーザを識別する ・ 通信回線を通じて、音声をリアルタイム・双方向で伝送 →離れた場所にいても「音声」で会話可能 ・ 警察・救急等の緊急通報サービスが利用可能 電話番号の体系、電話機の仕様、通信方法、品質(音声の明瞭度・遅延)等 様々な規格がITU-Tの標準化文書(非常にたくさんあります)によって定められている ⇒世界のどこでも、電話番号がわかれば電話サービスにより会話ができることが保証されている 6ページ目 電話ユーザ数: ・ 日本:2020年度末で,2億5千万ユーザ(携帯,固定,IP電話など全て含む;重複あり) ※総務省:令和3年版情報通信白書 ・ 海外:2019年時点で92億ユーザ (うち、携帯83億ユーザ;重複あり) ※ITU World Telecommunication/ICT Indicators Database →世界でもっとも普及している通信サービス ※参考(2019年時点):Whatsapp 16億ユーザ、Facebook Messenger 13億ユーザ、Skype 3億ユーザ、LINE 2億ユーザ https://www.statista.com/ 7ページ目 現在の電話が持つ特徴 ・ 24時間・365日 いつでも安定して使える ・ 世界のどこでも,同じように容易に使える ・ 電話番号がわかれば世界の誰とでも話せる ・ 自分の「言語」で話せる ・ 適正なコストで使える ・ NTTひかり電話:全国均一 3分8円など ・ リアルタイムかつ双方向である などなど・・・。 8ページ目 電話リレーサービス: ・ 聴覚障害者の電話サービスへのアクセスを可能にするために考え出された。 (図解)聴覚障害者←→きこえる人 映像・文字通信(手話、文字) Communication Assistant(CA)オペレータ(手話通訳、文字通訳) 電話(音声) 1960年代半ばに、米国で世界最初の電話リレーサービスが開始。 9ページ目 公的な電話リレーサービスを実施している国: ☆公的:法的整備・運営経費の確保など国の支援がある 米国、カナダ、コロンビア、パラグアイ アイルランド、イギリス、イタリア、オランダ、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ベルギー、エジプト 韓国、タイ、オーストラリア、ニュージーランド ☆日本はG7の中で唯一の未実施国だったが、2021年7月1日からようやく開始 10ページ目 障害者権利条約 2006(平成18)年、国連総会で全会一致で採択 -障害を持つ人・持たない人がともに平等に生活できることを保障するよう、締約国に義務付け -締約国は、憲法、諸法律を障害者権利条約にあわせて制定・修正しなくてはならない -日本でも、権利条約採択以降、障害者差別解消法など障害者にかかわる様々な法律が整備され、大きな影響を与えている ☆締約国: 国連が定めた条約(ほかに、「子どもの権利条約」などがある)に批准・加入・承継している国 ・批准(ひじゅん):条約を国会で審議・承認し国際的に宣言 ・加入:署名の過程を省いてそのまま条約を受け入れ ・承継:批准・加入した後いくつかの国に分裂してもそのまま批准・加入継続(旧ソ連が該当) ※条約の趣旨と内容に基本的に賛同しているが締約国ではない国は「署名国」であり、条約に従って実行する義務がない ※2021年8月現在、障害者権利条約の締約国の数は183(国連加盟国は193か国) 11ページ目 第17条 全ての障害者は、他の者との平等を基礎として、その心身がそのままの状態で尊重される権利を有する。 12ページ目 第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ 障害者が「自立して生活し、及び生活のあらゆる側面に完全に参加することを可能にする」ことを目的に、情報通信サービス(緊急通報も含む)を利用可能にするよう、締約国に求める。 世界でもっとも多くのユーザがいる電話サービスを障害者も利用できるようにする必要がある 13ページ目 電話リレーサービスに係る規格 ITU-T勧告F.930“Multimedia telecommunication relay services” ※日本語訳: https://www.ttc.or.jp/application/files/4815/6282/7749/JT-F930v1-draft.pdf TTC標準 JT-F930 「マルチメディア通信リレーサービス」(情報通信技術委員会) -2018年3月に発効 -各国で電話リレーサービスを提供する上で満たすべき要求条件について定めている -勧告の策定にあたっては、世界ろうあ連盟(井上もメンバー)・世界難聴者連盟等の当事者が深く関与した 14ページ目 機能的等価性の原則(Functional Equivalency ) The capability to which persons with different range of abilities (in particular persons with disabilities and persons with specific needs) are able to use a communication service or system with a level of offered functions and convenience-of-use that is similar to those offered to the wider group of users in a population. 異なる範囲の能力を持つ人(特に障害のある人と特定のニーズを持つ人)が、母集団内の多数のユーザー・グループに対して提供されているのと、等価の機能と使いやすさで、通信サービスまたはシステムを使用することができること 15ページ目 電話リレーサービスの機能的等価性 電話リレーサービスは、一般の電話サービスと「同等の機能と使いやすさ」を持たなくてはならない -24時間、365日利用可能である -ユーザのコスト負担が平等である(追加でサービス料を徴収することがあってはならない) -ビジネス・緊急通報など、あらゆる用途・相手に利用できる -簡単に使える(電話リレーサービスを利用するために必要以上に複雑であってはならない) などなど 16ページ目 ITU-T勧告F.930で規定されている主要な電話リレーサービス ・文字リレーサービス ・ビデオ(手話)リレーサービス ・字幕表示電話リレーサービス(Captioned Telephony Relay Service) ・音声 リレーサービス(Speech-to-speech relay service) ⇒言語障害者を対象としたサービス 17ページ目 文字リレーサービスの仕組み:Communication Assistant(CA) (図解) (図の中の聴覚障害者、文字通訳オペレーター、聞こえる人は外国の女性) 18ページ目 (外国人の女性が電話リレーサービスを利用する動画) https://www.youtube.com/watchv=vsQ73575Qp8 19ページ目 ・1964年: -TDD(Telecommunication Device for the Deaf)が三人の聴覚障害者(米国人)により発明 -聴覚障害者でも使えるおそらく世界で最初の通信機器 ・TDD: -電話と同じようにリアルタイムで文字による会話が可能。 20ページ目 初期のTDD:非常に大型であり、紙に印字 (写真右は1960年代のTDD、写真左はそのTDDを前にした井上氏) 2014年2月、米国ギャローデット大学内の展示場にて 21ページ目 現在のTDD:小型化、ディスプレイ表示 (キーボードつきの電話機の写真、300ドル) https://www.weitbrecht.com/ultratec-minicom-iv.html 聴覚障害者の通信手段として事実上の標準 ※ITU-T V.18 Operational and interworking requirements for DCEs operating in the text telephone mode 22ページ目 ・1990年:ADA法(Americans with Disabilities Act;障害を持つ米国人のための法律)成立 - 電話リレーサービスの実施が公的に義務付け - サービス利用料無料(通話料のみ自己負担)、24時間・365日、誰とでも「電話」可能な環境実現 ・TDDと電話リレーサービス: - カナダ、オーストラリア、EU諸国中心に普及した 23ページ目 21世紀に入り、欧米では・・・ ・ビデオリレーサービス ・字幕表示電話サービス 24ページ目 ビデオリレーサービスの仕組み: (図解) 聴覚障害者(手話)→テレビ電話→オペレータ(手話通訳)→電話(音声)→聞こえる人 25ページ目 動画 https://www.youtube.com/watchv=LCT4IDfDhGw 26ページ目 韓国のビデオリレーサービス(動画) 27ページ目 (タイの地図と端末の写真) 学校、空港、役所、病院など全国180か所にKIOSKと呼ばれる端末がありビデオリレーサービスが公衆電話と同じように利用可能(無料) 28ページ目 (動画) タイのろう学校で・・・ https://www.youtube.com/watchv=d_PMSExgYEY 29ページ目 字幕表示電話リレーサービス (図解) 聴覚障害者か発話可能→直接相手へ→一般ユーザ 一般ユーザ→声(オペレーターへ)→オペレーター(文字通訳)→声を文字化→聴覚障害者 30ページ目 (動画) https://www.youtube.com/watchv=YNhb99J6314 31ページ目 米国での利用状況: ・ 2022年7月の各サービスの利用時間数(時間;一部推定値あり) https://rolkaloube.com/wp-content/uploads/2022/08/Fund-Performance-Status-Report-Dynamic-7-31-2022.July_.pdf サービス 総利用時間(時間) 文字リレーサービス 約10,600時間 ビデオリレーサービス 約244,000時間 字幕表示電話リレーサービス 約954,000時間 ビデオリレーサービスと字幕表示電話リレーサービスの利用が多い 文字リレーサービスのうち、TDDによるものは1,733時間(残りはWWWチャット方式のもの) 32ページ目 ITU-T勧告F.930で規定されている主要な電話リレーサービス(再掲) ・文字リレーサービス ・ビデオ(手話)リレーサービス 現在、日本で実施しているのはこの2種類のみ ・字幕表示電話リレーサービス(Captioned Telephony Relay Service) ・音声 リレーサービス(Speech-to-speech relay service) ⇒言語障害者を対象としたサービス 33ページ目 米国での文字通信に関する動き: ・TDDの後継としての新たな文字通信の規格Real-Time Text(RTT)が2016年12月に連邦通信委員会(FCC)により承認 主に、携帯・スマートフォン等の無線通信においてリアルタイムの文字通信を可能とする。また 従来のTDDとの互換性も確保する。 ・2021年3月までにはすべての通信事業者・通信機器製造者がRTTをサポートすることを義務付け 34ページ目 Real-time text(RTT)とは・・・ ・ https://www.youtube.com/watchv=o803T4-RgHI ・文字を一文字タイプするごとに通信相手の画面に即時表示される。 ・LINEなどと異なり、相手が入力中でありかつその内容がすぐにわかる特徴がある。 - 現在の公的リレーサービスの文字版やIptalkでも同様の方式が採用されている 35ページ目 Real-time textの利用事例(動画) https://www.youtube.com/watchv=IUviJZ1evA4 36ページ目 日本では・・・? ・ Apple(iOS)やGoogle(Android)の公式の日本語ヘルプではRTTの設定方法・使用方法に関する記述があるが、現時点では米国内に限定されている模様(確認中)で、国内では設定項目もなく使用ができない。 ・ 通常の電話アプリで文字通信が可能であり、音声⇔文字の切り替えもできるので利便性は高いと考えられ、要検討。 37ページ目 音声認識技術をいかに導入するか ・米国においては、字幕表示電話リレーサービス提供事業者は全部で7社 - オペレータの文字入力に音声認識を利用(2社) - 音声認識のみで実施(2社) - オペレータの文字入力に音声認識を利用するが、オペレータが対応できない場合のみ相手音声で音声認識による文字化を行う(2社) ・ ユーザが、任意のタイミングでオペレータによる文字入力・音声認識による文字入力を切り替え可能(1社) ・ 日本でも、今後、音声認識をどう活用していくか、検討が望まれる。 ※日本財団電話リレーサービス: 令和3年度電話リレーサービス研究活動〜電話リレーサービスの利用動向及び技術動向に係る調査研究〜 https://nftrs.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/R3_TRS_Research_Activity_Report-Summary.pdf